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"Yes we can"で語るアメリカ現代史 (2008年11月06日)
アメリカ合衆国大統領選挙で民主党のバラク・オバマ候補の勝利が決まりました。
選挙中からオバマ氏は演説・レトリックの能力に定評があり、批判者から「レトリックだけの男」みたいな揶揄が飛んだりもしたようですが、勝利確定後にオバマ氏がシカゴで行った勝利演説(って日本のニュースでは訳されていますが、acceptance speechって党内指名の時と同じ「受諾演説」って意味ですよね)では、そのオバマ氏のレトリック能力の強烈な魅力がいかんなく発揮されています。
Transcript: Obama's acceptance speech (Yahoo! News 2008/11/5)
びじうのログ 2008/11/5「オバマ候補 大統領就任演説の全訳」
演説全体の組み立ては、オバマ氏の選挙時のスローガンだった「Yes we can」を踏まえて、「いまアメリカ合衆国は大変な状況に置かれているが、でも私たちは協力して何とかすることが出来る」という方向で、現在の困難を強調しつつ未来に希望をつなぐという流れになっています。
特に"Ann Nixon Cooper is 106 years old."から先は、この「未来に希望をつなぐ」という要素を徹底的に強調しています。ただしそれは、単純に「未来はきっとこうなる」という予想図を掲げることによってではなく、過去のアメリカ合衆国の歴史を振り返ることによって語られています。
そして20世紀のアメリカの歩みが、それを目撃し続けてきた一人のアメリカ人女性の観点から語られていきます。
……以下、このようにしてアメリカの歴史が「Yes we can」の歴史として再構成されていきます。まさに「Yes we can」史観(?)。しかも抽象的に「国」や「国民」を主語とするのではなく、実際にその時代を生きてきた一人の人間の目を通すという語り口になっているので、聴衆は実際に「Yes we can」の歴史を100年に渡って目撃し続けてきた人物に感情移入することが容易となり、それ故に自分たちもまたこれから先の人生で「Yes we can」なアメリカを見ることが出来るかもしれない、という希望を持ちやすくなります。
……いやー、これはすごい。溜息が出ます。政治演説におけるアジテーション的側面にはなるべく距離を置いて接するようにしている私も、読んでいて思わず引き込まれました。
選挙中からオバマ氏は演説・レトリックの能力に定評があり、批判者から「レトリックだけの男」みたいな揶揄が飛んだりもしたようですが、勝利確定後にオバマ氏がシカゴで行った勝利演説(って日本のニュースでは訳されていますが、acceptance speechって党内指名の時と同じ「受諾演説」って意味ですよね)では、そのオバマ氏のレトリック能力の強烈な魅力がいかんなく発揮されています。
Transcript: Obama's acceptance speech (Yahoo! News 2008/11/5)
びじうのログ 2008/11/5「オバマ候補 大統領就任演説の全訳」
演説全体の組み立ては、オバマ氏の選挙時のスローガンだった「Yes we can」を踏まえて、「いまアメリカ合衆国は大変な状況に置かれているが、でも私たちは協力して何とかすることが出来る」という方向で、現在の困難を強調しつつ未来に希望をつなぐという流れになっています。
特に"Ann Nixon Cooper is 106 years old."から先は、この「未来に希望をつなぐ」という要素を徹底的に強調しています。ただしそれは、単純に「未来はきっとこうなる」という予想図を掲げることによってではなく、過去のアメリカ合衆国の歴史を振り返ることによって語られています。
She was born just a generation past slavery; a time when there were no cars on the road or planes in the sky; when someone like her couldn't vote for two reasons - because she was a woman and because of the color of her skin.
And tonight, I think about all that she's seen throughout her century in America - the heartache and the hope; the struggle and the progress; the times we were told that we can't, and the people who pressed on with that American creed: Yes we can.
彼女は奴隷制直後の世代に生まれ、当時の道路には車がなく飛行機もなかった。更に、二つの理由で選挙に参加することもできなかった。彼女が女性であり、皮膚の色が違ったからだ。
そして今宵、私は彼女がアメリカで過ごした1世紀を思う。悲嘆と希望。闘争と前進。我々にはできない、と言われ続け、そのアメリカ人の信条を押し付けられた日々。 Yes we can(いや、できるさ)
(上記サイトより)
そして20世紀のアメリカの歩みが、それを目撃し続けてきた一人のアメリカ人女性の観点から語られていきます。
At a time when women's voices were silenced and their hopes dismissed, she lived to see them stand up and speak out and reach for the ballot. Yes we can.
女性の声は押し殺され、女性の望みはかき消された時代。彼女は見た。女性が立ち上がり、声を上げるのを。そして今晩、投票所にやってきた。 Yes we can(そう、できるんだ)
When there was despair in the dust bowl and depression across the land, she saw a nation conquer fear itself with a New Deal, new jobs and a new sense of common purpose. Yes we can.
(1930年代)砂嵐の被害に苦しむ中南部には絶望が、そして国中に憂鬱が蔓延した時代。彼女は見た。ニューディール政策、新しい職と新しい公共心によって国が自力で恐怖を克服する様を。 Yes we can
When the bombs fell on our harbor and tyranny threatened the world, she was there to witness a generation rise to greatness and a democracy was saved. Yes we can.
爆弾が真珠湾に降り注ぎ、世界が独裁者の脅威に晒されたとき。彼女は見た。その世代の人々が偉大にも立ち上がり民主主義が救われるのを。 Yes we can
……以下、このようにしてアメリカの歴史が「Yes we can」の歴史として再構成されていきます。まさに「Yes we can」史観(?)。しかも抽象的に「国」や「国民」を主語とするのではなく、実際にその時代を生きてきた一人の人間の目を通すという語り口になっているので、聴衆は実際に「Yes we can」の歴史を100年に渡って目撃し続けてきた人物に感情移入することが容易となり、それ故に自分たちもまたこれから先の人生で「Yes we can」なアメリカを見ることが出来るかもしれない、という希望を持ちやすくなります。
America, we have come so far. We have seen so much. But there is so much more to do. So tonight, let us ask ourselves - if our children should live to see the next century; if my daughters should be so lucky to live as long as Ann Nixon Cooper, what change will they see? What progress will we have made?
This is our chance to answer that call. This is our moment. This is our time - to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American Dream and reaffirm that fundamental truth - that out of many, we are one; that while we breathe, we hope, and where we are met with cynicism, and doubt, and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people:
Yes We Can.
アメリカよ、我々はここまでやってきた。実に多くを見てきたが、実に多くが手付かずだ。だから今宵、我々は自問しよう。我々の子供達が来世紀を見るならば、私の娘達が幸運にもアン・ニクソン・クーパーほど長生きできたなら、どんな変化を目撃するのだろう?どんな進歩を成し遂げているのだろう?
これは、その問いに答えるべく、我々に与えられたチャンスだ。我々の時、我々の時代なのだ。人々を仕事に戻し子供達に機会のドアを開く、繁栄を取り戻し平和を推進する、アメリカンドリームを再生し根本的な真実を再確認する、つまり、多くの場面で我々は一体である。共に生き、共に望む。シニカルであったり懐疑的であったり、我々にそれは無理だと言い続けるような人々に出会った場合には、我々は人々の精神の総和である朽ちることない信念をもって応える。
Yes we can(いや、できるさ)
……いやー、これはすごい。溜息が出ます。政治演説におけるアジテーション的側面にはなるべく距離を置いて接するようにしている私も、読んでいて思わず引き込まれました。
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