電撃かたつむり通信(仮)

人生リハビリ日記。改題タイトル考案中。

……科学のある部分だけを取り出してみれば、たしかにそれはオートノマスな発展をとげているようにみえる。そのようにせまく区切ったときに現われる自律的発展は、近代科学に本来そなわった性格ともいえる。しかし、そういう個々の部分をはなれて、科学の全体を歴史的にみるなら、科学の全体として向かう方向、その前線の配置は、どうみても社会的条件によって規定されているのである。支配的な社会的要求、インセンティヴがどこにあるかによって、科学のさまざまな分野に向かう人、物、金の動きは強く影響される。

(廣重徹『科学の社会史』)

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『林達夫評論集』より (2008年10月19日)

 最近読んでいた本より。
……ところで、大学の教師は何か取得(とりえ)のある学者や研究家がなるのがならわしだから、彼らは一様にいわゆるアカデミック・マインドの持主だと見ていいだろう。大学の教師は、少し気の利いた見識のある人々なら、学生に対して真理への愛を呼び覚まし、学問的精神を体得させることを念願とするだろうし、平凡な人々でも自分の所有する、あるいは仲介する専門的知識の組織的注入に努めるであろう。いずれにしても探求とか知識とかを重んずる結果、どうしても大学というものを不知不識(しらずしらず)のうちに学者の養成所と見なしがちなことは避け得られない。ところが学生大衆の立場からすれば、一体学者としての修業を大学生活に求めるものが、どれだけあるかは疑問である。恐らくその大部分はその生涯のうちにたった一度だって進んで研究らしい研究などはしないというのが実状であろう。もちろん研究の擬態はある。否応なしに提出を迫られるレポートや卒業論文についての強制作業がそれである。(だが、それでさえ代作や剽窃で事済ましてしまう涼しい顔の数はばかにならないだろう。)……

(林達夫「十字路に立つ大学」、『林達夫評論集』中川久定編、岩波文庫、1982年、p.63-64)

 この文章の初出は1949年なのだそうで(『日本評論』1949年11月号)、ネット上でも時折話題になる「論文やレポートのコピペ」といった話題が、技術上の相違を除けば決して新しい話でもなんでもないということがよく判る一文です。

 私はこの林達夫という人のことをつい最近までまったく知らなかったのですが、とにかくヨーロッパ文化史を語る上では決して外せない、大変な知の巨人だったそうです(たぶんイスラム研究における井筒俊彦と同じような感じなのでしょう……ってよけい訳がわからない)。
……1925年の『思想』誌上デビューですでに新村出の『南蠻廣記』を批評して、ヨーロッパの学問のありかたの日本における継承の仕方を問題にした。いわば「ヨーロッパ」という知の大陸にいくつか屹立するらしいテーベの門ともいうべきもののくぐり方があるはずだが、そのくぐり方を専門に引っ提げて登場した知識人である。その広域性と厳密性は他を圧していた。

松岡正剛の千夜千冊『思想のドラマトゥルギー』林達夫・久野収

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